2024年8月9日 第46回
はい。言わずと知れた日清食品の創業者であり、インスタントラーメンの生みの親ですよね。この方、インスタント麺を開発したあと、カップヌードルなんかも開発して、今世界中で大ヒット商品となってます。ただ、カップヌードルに関して言えば、昭和46年1971年ですね。ここで新発売という形で出てからだから、おおむね半年ぐらいは何をやってもなかなか思うように売れなかったようです。銀座の街中でキャンペーンを張ったりしていろいろ宣伝したんですけれども、 発売されたのがこれから暑くなるっていう時期だったとか、あるいはその頃の日本の風潮で、ああいうものを 立ったまま、あるいは歩きながら食べるっていうのは決して美しい景色じゃないというような風潮があったというふうに聞いてます。

ただ、それが、じゃあなんで世界に誇る商品になったのか。これは 発売から半年後に起きた大きな事件がきっかけなんですね。何かと言いますと、浅間山荘事件です。
1972年の2月、事件が起きました。この事件知ってる方、リアルタイムで知ってる方、私より年上の方ぐらいじゃないかなと 思うんですけれども、分からない人をネットで調べてください。詳細わかります。で、事件そのものは、 お冬のさまさんの中にある山荘で、応接の中、
10日間立てこもりが起こりまして、当然、警察、機動隊、大勢の方が 周りを囲ってね。中にはほんとに命を落としてしまった方もいたようです。で、そんな寒い中で重宝したのが、このカップヌードなんですね。
最初発売して半年間売れなかった間に、一般的にスーパーなんかで売ってもダメならばということで、警察とか消防とか、そういったところに非常用の食料として納めさしてもらった。
これは日清の方でそういう歴史があるってことを発表し、発表っていうかね、語ってます。で、その様子が、 それの備蓄されてたカップうどんを、その立てこもってる10日間の間って、機動隊の人たちはみんな食べるんですよね。
で、お湯を注いで3分で出来て、あったかくて美味しくて、栄養も保てるという ものが、テレビで生中継で思いっきり放送されました。
当時の浅間山荘事件の視聴率、平均で50パーセント以上、瞬間最高視聴率に至っては90パーセントに至ったそうです。
誰でも目にしますよね。そうなってくるとね。で、それで爆発的にヒットして、その 番組、浅間山荘に関する番組ニュースとかワイドショー見た人から、まず小売店の方に「あれはなんだ!?」ということ 問い合わせが入って、小売店から日清の方に問い合わせが入って、あっという間に在庫切れを起こしたそうです。

そういう経緯を経て、今カップヌードルってすごい種類ありますよね。これが アメリカなんか行ってもちゃんとあるんですよ。日清のカップヌードルじゃないんですけれども、それを模倣したようなカップラーメン。
食品はちゃんと存在するんですね。で、 それを今のこういったアサヒの仕事に置き換えてみると、じゃ引っ越しセンターのCMで色々取り上げたりしてくれてはいるんですが、じゃああのCMは視聴率50パー取れるかっていうと、そうじゃないんですよね。だから、 CM流してるだけでヒットするということにはなり得ないと思います。じゃあどうするかっていうと、そしたらもう使ってる人から、 こういう使い方があるアイデアを入れてた営業さんの方に聞き込みをしてもらうとか、あるいは今やってますよね、使ってる現場を写真に収めてアップしてくださいっていう試みをしてますけど、 そういったところにヒントを得て、我々の方からもどんどん提案して発信をしていかなきゃいけ ていうことをしないと、なかなか売れていくものじゃないと思うんです。
で、ちなみに私、一昨年ぐらいだったかな、ノンスリップマット、ちょっと工場長に言って、1枚もらったわけじゃないですよ、ちゃんとお金払ってるんですけれども、購入しまして、 それは、私が5号機に入って作った時にちょっとミスしましてね、6pの綿の2本のうち1本が 切れちゃいまして、3pのまま2メーターぐらい進んじゃったことがあって、その部分、当然商品として使えないんでカットして、しばらくちょっと5号機の下の方置いてあったんですけれども、
そのタイミングで、うちで使ってたこたつ布団がもうボロボロになりまして、なんかいいのないかなと いうことで、地元のジョイフル本田に行ったっけ。高くて手が出ません。じゃあなんとかなんないか ってところで思い出したのがその5号機。自分がミスった商品。
で、それを許可いただいて販売してもらいまして、自分で仕上げをやって持ち帰りましたら非常に評判が良くてですね。こたつ布団だけじゃなくて、 うちの妻の昼寝用の マットみたいな状態になって、非常に手触りも色合いもいいということで、なかなかの高評価を得てます。
で、たまに娘なんかが里帰りしてきた時も、これいいねという風に言ってくれて、なかなかそういう使い方もあるんだなっていうことを発信したいんですけれどもね、なかなか。じゃあ発信したところでどうかっていうと、 じゃあ最初から 赤字覚悟で売り出すことができるのかって。それもなかなか難しい話で、うまい具合に口コミでどんどんどんどん広がっていってくれれば、それはヒットに繋がるかもしれません。
で、今の一例なんですけれども、 今、令和の時代を迎えて、昭和時代と比べて、その日常生活の中から気付きを得て、 何が欲しい、こういったのがあったら便利だっていう、なかなかその範囲って狭まってると思うんですけれども、でも、その中からなんかアイデアをほじくり出してね、提案して
持ってい商品にすることができれば、全くの新商品じゃなくても、従来ある商品の新しい使い方でもいいと思う。
そういったものをどんどん、どんどんみんなで協力して、 こんなのどうだろ、こんなんどうだろうっていうこ、出し合ってね、会社の方にあげたら、もしかしたらそれがヒットに繋がるかもしれない。
で、私が朝礼当番だからっていうことを見越したわけじゃないんでしょうけれども、昨日、スカイプでパール楽器 の方に、ついこの間までね、プロジェクトで営業をかけてたところなんですが、ティンパニーにフィットカバーをかける様子っていうのを、youtubeできちんとしたの作ってくれまして、非常にあれ、いいです。
まだプロジェクトのね、新しい組み合わせでのグループ分けっていうのがたまたまされてなくて、この間まで音楽関係のグループに入ってた人の skypeには、私の方から流しておきました。
それ、もう1回見てください。非常にいい。ああいったものをどんどん広げていければ、フィットの使い方もこれからばーっと広がっていくんじゃないかなという風に期待しております。
皆さんもそんな感じで協力していただければありがたいと思います。よろしくお願いします。以上です。
ルーク工場長から

カップ麺の様に有名になってほしい!Jキルト!
という事で、ヨネちゃん。熱くなりすぎて・・・文章も厚い・・・長い。
これからヨネちゃんの課題は、話している途中でどうやって頭を冷やすか、冷静になるかですね。でも内容はとっても響くので、成長の余地は十分にあると思います。